「ヒトラーの馬を奪還せよ 美術探偵、ナチ地下世界を往く」感想

アルテュール・ブラント著

著者は「美術界のインディ・ジョーンズ」と呼ばれているひと。 
破壊されたと長らく考えられていたトーラックの一対の馬の像が
売りに出される情報を捕捉し、
押収にこぎつける一連の流れを綴ったノンフィクション。 
映画よりも映画っぽい。 
私はインターネットでこの本の内容と作者の写真を見て
「うわ…めちゃくちゃ仕事できそうな顔のひと…読も…」
と思ったのだった。 
この手の本は作者の功績を多少盛ってあるのが普通だが、 
この本では割と作者はドジっ子っぽく書かれており、 
周囲にしてやられてばかりいる。 
しかし私はわざと下方修正していると思うし、 
書かれてない部分が結構多い気がしている。
(ちなみにこの作者は2023年にも盗まれたゴッホの絵を発見している)

インターネットが発達して、
ある程度のことはWEB上で何でも知ることができるが、 
たぶんどのジャンルでも一定以上から外は
人脈がないとどうにもこうにもならないんだろうなと思う。
そのくらい、本の中で作者は人に会いまくっているし、 
出ていない登場人物も多そう。
(盗品を扱ってる人を咎めるつもりはないってさりげなく書かれてるし)

ナチスドイツなど、とうの昔に終わったことで、
歴史になったような気がしていたが、 
ナチスの財宝を沈めたと噂のあるトプリッツ湖では、 
探索者が複数不審死しているし、 
当時の権力者のうちの何名かの子孫はいまだに裕福で、
ヒムラーの娘がナチスのプリンセス(比喩ではなく通り名)
になっているし、アラブではヒトラーファンの富豪が多く、
ナチスに関する遺物は現在でも高値で取引される。
(たぶん絶対的リーダーシップに憧れるんだろうけど
ドイツ民族以外を「劣等種族」とした思想を知らないわけでもないだろうに
なぜそれを持て囃す?と思わないでもない。
薄汚い劣等種族を踏んでくれ総統一!…ってコト?)
ナチス扶助組織「静かなる助力」は、元党員やネオナチの援助を続けている。
全然リアルナウな話だった。

そしてこの本で主に扱われているテーマ、
ユダヤ人から略奪され返還されないままの美術品、
それから略奪された金で囲われたアーティストが生み出した美術品。
これらはソ連軍に更に略奪されされ共産圏の資金となり、
マネーロンダリングの道具となり、 
現在はまた売却されネオナチの資金源となる。 
果たして芸術無罪と言えるだろうか?
だんだんイライラしてきて、燃やしてしまえばいいのにとも思うが、 
しかし自分の倫理観に反する芸術を破壊しては、 
宗教信義に反するとして歴史的建造物を破壊しまくった
宗教テロ組織と同じになってしまう。ジレンマである。

余談ですが作者のかた、
たまたま目に入った価値の低い美術品をボコボコに貶して、
「あんまり見てると目が腐りそうだった」とか書いてて、
「けっこう好きだなこの人のこと…」と思った。