ポン・ジュノ監督
エドワード・アシュトン「ミッキー7」の映画化。
借金のために命を狙われているミッキーは、取立人から逃げるために他惑星への移住計画に志願し、契約書もよく読まずにサインしてしまう。彼が移住に参加する条件は、非人道的で危険な業務に従事し、死ぬたびに肉体と記憶を再生するというものだった…というあらすじ。
単一ではない雑多な味がします。まず残虐だけどユーモアもある豊潤な人体損壊、社会的弱者であるミッキーの被虐描写。メインの筋には関係ない複数のサイコパス。人間の性の悪さと善性。ナウシカ。スーパースーパーダーリンのヒロイン。自分×自分。トランプ大統領。悪は処されたり処されなかったり。ゆるく、ほどほどの勧善懲悪。これらが猛スピードで走ります。心地よい起承転結。私は好きなので、私と好みの似た人、特に悪趣味と残虐への耐性が強い人にすすめます。
注意。嘔吐があります。
ラストまでばれ
18がいつ、どういうきっかけで17を救おうと思ったのか、自分を愛そうと決めたのか、1つの出来事としては描かれていないので、映画が終わってからも考え込んでしまう。ボタンのところだろうか。いや、もっと前だな。
ミッキーの運命を決める赤いボタンは作中に3つ登場する。子供の頃のトラウマのボタン。自分を殺すかもしれないボタン。そして今後は権利を侵害されないためのボタン。
ミッキーは生来のものか、あるいは事故のせいか、または生育環境のためか、降りかかる災難を回避する知恵がない。(ひとむかし前の日本の流行のヒロイン像みたいだな…と思ってた。白くて美しいが受動的で不幸に対して無力。救済者を一心に崇拝し、献身的)
SFホラーやサスペンスで、頻繁に「契約書の豆字を全部読みなよ…」って思いますが今回のは酷かった。どのミッキーも気の毒だったけど、プリントアウトされたミッキーをスライドさせるローラーコンベアの設置忘れが地味に酷かった。
人体損壊、人並みに好きです。なのであらすじ上必要なやつは「ビジネス損壊だな。がんばれ」と思うし、過激な作品をつくってやったぜという自己満足のための損壊は「公害だな」と思いながら見てます。でも損壊の造形にこだわった損壊や、キャラクターの構築に必要な損壊は目を七色に光らせて見ています。この映画は後者です。
この映画、微妙に見逃されている悪があって、まず薬物が絶対悪としては描かれていないのとあとミッキーの窮状をそもそも招いた幼馴染の密売人がちゃっかり再起している。あと人間が苦しみながら切断されるところを見るために金貸しをやっている大金持ちは、相変わらず切断を楽しんでいるだろう。この移住計画のおそらくスポンサーであろう宗教団体は責任者のケネス元大統領=トランプ大統領(支持者が赤い帽子をかぶっている)を別の人間に挿げ替えて移住布教計画を続行している。なんかほどほどにゆるくて味がある。
この世の中には、なるべく大勢が全員少しずつ不自由しながら共存したい派と、奪われる前に奪え!強い者が取るのは当然!派と、あと圧倒的多数のどっちでもいい派がいて、左右にぐらぐらしながらバランスをとっているのが人間世界なのだなと思った。
この映画には、大胆な行動は起こさないが善意がないではないナード勢の男女がでてきてバランスを変える一因になってた。
最後、デザートのシャーベットみたいなノリで幽霊(の夢)を出してくるのは面白い。東洋的な、死因をアピールしてくる(手首を切った)霊で私は嬉しかったが、他の観客はどうだったろう。
まったく関係ないけどニフルヘイム(ニブルヘイム)で7と言えばFFですね。
類似作品について(類似作品内容のねたばれになります)
この映画とほぼ同一メインプロットのSF映画に2009年ダンカン・ジョーンズ監督の「月に囚われた男」があります。月で資源採掘の仕事をしている男が、もうすぐ契約期間が終了し、妻と娘に会えるのを楽しみにしている。しかし徐々に体調が悪くなってきて、そうこうするうちに自分に瓜二つの男が現れ、記憶も同一で…というあらすじです。「ミッキー7」がこの映画に全く影響を受けずに書かれたとは考えにくいけどな…?とは思う。
まあそれはともかく「月に囚われた男」はSFサスペンスとして純度が高く優れた作品です。おすすめ。